「荒野をゆく」シリーズ第4弾|「地域プロデュース、はじめの一歩」著者・山納洋さん|イベントレポート前編

中崎町

サロン文化大学の「荒野をゆく」シリーズ第4弾が大阪・中崎町のコモンカフェで開催され、著書「地域プロデュース、はじめの一歩」出版記念で山納洋さんにお話いただきました。こちらはそのイベントレポート前半です。
(記事構成/狩野哲也 会場撮影/桝郷春美)


(2018年5月24日(木)夜。コモンカフェに30人のお客様が詰め掛けました)

コモンカフェで山納さんとご飯をご一緒する際に聞く話が面白く、これをひとりで聴くのはもったいないと考えてつくったトークサロンが「荒野をゆく」シリーズです。

いつもの雰囲気が伝わるライブ感を大切にしたいと考えて、以下、なるべく会話口調のままお届けします。

ゲスト:山納洋さん/93年大阪ガス入社。神戸アートビレッジセンター、扇町ミュージアムスクエア、メビック扇町で企画・プロデュースを歴任、現在は同社近畿圏部で都市開発、地域活性化に従事。common cafeプロデューサー。
ナビゲーター:狩野哲也/ライター、編集者。「サロン文化大学」代表。

なぜ「荒野をゆく」シリーズなのか。

山納 コモンカフェをはじめてもう14年になりますね。狩野さんとはコモンカフェを始めた頃からのお付き合いでございます。今回の「荒野をゆく」というシリーズが何で始まったのかという話をします。

司馬遼太郎さんには「街道をゆく」という著書があります。43冊出版されているエッセイ集です。司馬遼太郎さんと画家の須田剋太さんと、編集者さんが歩き回り、司馬さんが持ってる歴史的な知識を現場に行って追いながら、実際に見たもの聞いたものを書くエッセイなのですが、「あれ、いいよね。何がいいって自分で好きに歩いているだけでしょ」と昼休みご飯を食べながらしゃべっていたんでしょうね。

狩野 そうでしたね。

山納 司馬遼太郎先生は好きなことをやってお金をもらっているじゃないか。「街道をゆく」の向こうをはって「荒野をゆく」というのがやりたいと狩野さんに言って、「街道なんていう決められた道じゃない、どこを歩いているかわからないところを僕は行くから、そんなことをやりましょう」と言ったのが「荒野をゆく」でしたね。

4冊目の著書「地域プロデュース、はじめの一歩」

山納 コモンカフェの本棚の真ん中に、著書が4冊並んでいるコーナーがございます。今回、本を書かせていただいたのは4冊目になっています。

2004年にコモンカフェをはじめましたが、2007年に「common cafe(コモンカフェ)―人と人とが出会う場のつくりかた」という本を書きました。

コモンカフェ本は「自分がやってきたこと集」ですね。実は今回の地域プロデュース本の前半はコモンカフェの本のアップデード版です。

2012年に「カフェという場のつくり方: 自分らしい起業のススメ」という本を書きました。

一言でいうとカフェ開業本です。日替わり店主の店をやっていると、カフェを自分ではじめた人や、ここから独立してお店をもった人もいれば、それを目指している人たちにもいっぱい出会うので、普通のカフェ開業本に書いていないことを書こうと考えました。「こんなことでつまずくよ」「女の子がお店をやっていたら、ストーカーみたいな人が来る可能性もあるんですよ」「方向性の違いで空中分解してお店を閉めるようなこともあるんですよ」という本です。

つながるカフェ:コミュニティの〈場〉をつくる方法」という本を一昨年2016年に書きました。

飲食店の話というよりは場作りの話です。どうすれば人が来たいと思う場所になるか、情報交換するなり、意識をあげていける場作りができるか。逆に場が必要な人、普通に受けいれてもらえない人も世の中にはいますし、誰かが支えないといけない人もいたりするので、そういう人たちのための場をつくっている人たちに取材に行ってまとめたのが、つながるカフェ本です。

そして今回は「地域プロデュース、はじめの一歩」という本を書きました。

これまでプロデューサーと名乗って仕事をしたのは劇場時代、インキュベーションの仕事をしたとき、21世紀協会にいたときなどありましたが、デザイン塾でプロデュースを教えるということを5年間ぐらいやらせていただいたり、大阪府の仕事でデザインプロデュースの仕事をしたり、いま大阪芸大でデザインプロデュースというコースの演習を見ていたりするのですが、プロデュースという切り口でまとめたものをひとつまとめておこうという背景があり、一冊の本にまとめました。

狩野 会場からもいろいろ質問を預かっていますが、最初に「荒野をゆく」の恒例の質問をします。

山納さん、最近どんなことに興味がありますか?

山納 実は今年の8月末から10ヶ月間、ハーバード大学のフェローとして勉強しに行くことが決まりましてアメリカに行きます。それで何が一番の関心事かといいますと、英語がしゃべれるわけではないんです。ギリギリな英語レベルで、お声がかかったので、なんとかしないといけない。英語をいま毎日勉強しているのですが、この中で英語が得意という方います?

会場 イギリスの大学に行っていました。

山納 入れ替わりたいです今。

会場 35歳で行きました。

山納 行けるものなんですね。僕47歳です。

狩野 英語の勉強はどうされたんですか?

会場 好きだったので、行ったときはとりあえず読んで。わからないところは先生に聞きまくっていました。

山納 果敢にいったわけですね。3ヶ月後にそれがやってくるんです。そのためニュースを毎日読んでいます。単に聞いたりしているとおっつかない。じゃあ目で読んで口に出して読んでみて、聞いてみてということをやったらいけるんじゃないかと思ってやっています。

コモンカフェで何年か前に英語のレクチャーをやってくれた人がいるんですね。その女性が言っていたのは「英語は口の筋トレなんですよ。だからあのように口が動かないとしゃべれないでしょ」と言われて。とにかくネイティヴぐらい早く読んでみようという訓練をしていたりします。最近電車の中でブツブツ言っていますね。

新今宮にセルフたこ焼き屋台バーがあるんですね。9人ぐらいしか入らないお店です。新今宮はJRが走っていて、南側はいわゆる釜ヶ崎と呼ばれる日雇い労働者の人がいっぱいいて、今それがドヤと呼ばれた宿が外国人のゲストハウスにずいぶん入れ替わっています。

たこ焼き屋台の真裏にはゲストハウスが10軒ぐらいあります。みんな夕方になるとカラカラと荷物をひいて帰って来る場所の角にあるのがイズコという名前の店です。たこ焼きの外国人屋台があるって言うのだけでも十分わかると思います。僕は昨日も今日の受付をしてくれている桝郷さんと一緒に3時間いましたね。

店員はマットさんがひとりでやっています。この人はカナダとニュージーランドのハーフなんです。雇われ店長で、半年ぐらい前に日本に来たんですが、マットさんはもともとコンピュータ数学の勉強していて、ゲームを作りたい人です。鬼のような体をしている、マッチョな人なんですけどゲームを作りたい人です。行ったらオカリナとか吹いてくれます。いろんな人がきていて、昨日はノルウェーからの3人組の男の人がいてました。

今日はNetflixをすすめられて、あれはドラマとしていいものがつくられている、絶対に入ったほうがいい。一ヶ月千円で向こうのドラマが見放題だよと聞いて。さっそく加入しました。だから英語の字幕で英語の音声で聴いています。

狩野 ハーバード大学では何を勉強されるんですか?

山納 もともとは何を勉強してこいとかなかったんですけども。都市開発に関することを調べようと思っています。BIDといって、Business Improvement Districtの略ですが、業務改善地区と訳されたりします。

アメリカの都市がスラム化していて、危なかった80年代があります。地下鉄には落書きされて、ガラスは割られて。アメリカは郊外にみんなが家を買って、外に出ていくという郊外化が進んだ地域、国なんです。

じゃあそうしてお金持ちの白人が郊外に出ていった時に、出ていけない都市でしか仕事が得られない人が残ります。黒人だったりヒスパニック系の方が多く、まちの雰囲気が悪くなっていった時期がありました。

その時代から30年後の今、入れ替わってるんです。都市が Improveされて、白人が都市に戻ってきているんです。そのため地価があがってきています。逆に都心に住めなくなった黒人やヒスパニックが郊外に住むということに変わっています。それですごく、まちづくりがうまくいったということではあるのですが、一方でボストンで今、家を探しているんですけれど、ワンルームマンションで20万円ぐらいするんです。

狩野 高い!

山納 ボストンで今探しているところはノースエンドというところなんですが、元々イタリアとかアイルランドとか移民が住んでいて、4階だての汚いビルがあって、みたいなところが改善され、家賃があのあたりでワンルームが25万円します。

狩野 そんな高かったらハーバード大学の学生さんはどうするんですか?

山納 もうちょっと近いところの寮とかに住むんですが、それでも15万円ぐらいするんじゃないでしょうか。

狩野 なんと。

山納 学費も住まいも覚悟しなければ、海外からなかなか勉強にしにこれない状況があります。
日本って、ジェントリフィケーションって言うんです。

ジェントリフィケーションっていうのは、もともとの低所得者層が住んでたところがImproveされて、中流上流の人たちが街に住むようになって、元々そこを盛り上げていた人たち、例えばアーティストが移り住んで作品を作ってみたりとか、面白い商売をはじめた人たちが、そこに住めなくなって出ていく状況を言います。そのアメリカの状況を見てこようと思っています。

日本でもBIDってわりと一生懸命やってるんですね。でも日本のBIDって違うんです。

狩野 グランフロントもそうなんですね?

山納 そうです。ただ、グランフロントや御堂筋でされているBID活動は、アメリカのそれとは少し違っています。

アメリカは不動産屋の原理で動いているんです。だから改善された地域の地価があがるといった、わりと経済原則として起こっています。そのために、そんなに人のためになっていないまち、住みにくいまちに、もしかしたらなっているかもしれません。

いま話題になっているポートランドとかも実はホームレスが多いということはみなさんご存知でしょうか。

一方で言うと、まちをつくるのが行政から民間にシフトしてきているということなんです。

民間の地権者ががんばって地域改善活動をします。その団体をつくります。その団体の活動を税金として集めたお金を下ろしてやっている。だからそれが地価に反映されて土地をもっている人が儲かるわけでしょ。ということが行われると、貧しい人はどこに暮らすのか、ということが置き去りになっているのを見てきたいなと思っています。

地域のドラマを掘り起こすのに大事な6W2H

狩野 なるほど〜。ではこのあたりで話題を変えます。「地域のドラマを掘り起こす嗅覚の話」に関心が多くて、具体的なことで言いますと、そちらにいらっしゃるGさんが和歌山に太極拳のまちをつくりだそうとされています。

G 僕も話し出したら長いので(笑) 僕たちは今、和歌山の橋本市という高野山の近くを長寿のまちとして盛り上げようとしています。

釣り竿を手づくりでつくっているのですが、その職人さんの後継者がいなくなっています。そこに若い力とか、中国の人も呼び込んで、なんとか伝統文化で食べていけるようなスタイルをいまつくろうとしています。

狩野 壮大ですね。このテーマに興味をもたれたのは?

G 地域の方とどうやって関わったらいいんだろう。行政とは違うので。そのあたりをどうすればいいのか考えています。

山納 なるほど。まったくその問いに答えないかもしれませんけれど許してくださいね。

6W2Hの話をよくします。本にも書いていますが、whyとto whomをまず意識してください。プロジェクトを起こすときに順番というものがあります。why。なぜそれをやるのかということです。それは何に対して誰のためにやるのかっていうことをまず固めないと事業を進めてはいけないということを書いています。

僕が前に所属していた、関西・大阪21世紀協会は「御堂筋パレード」という事業を24年間やってきたんですね。不思議なイベントだなぁと思っていました。whyがどこにも書いてないんです。なんで御堂筋パレードをやるのだろう? whenと、how muchが決まってるからやっているみたいなイベントとなっていました。

でも2億5千万円も使っていたんですよ。だから橋下徹さんは「こんなんいらん」と言って蹴ったんです。あれはwhyとto whomを忘れてイベントなんかやっちゃいかんという例です。

Walkin’ aboutから見えてくる「まちの課題」

山納 Walkin’ aboutと呼んで地域を歩きに行って、あちこちを見てきて、地域がどうなってるのかということをずっと4年間ぐらいやっています。約50箇所の街を見に行ったりしているのですが、そうしたときに、いろんなことが見えてきます。

ずっと見ていると、このまちは普通のまちとここが違う。こんな人がいるということが分かってきます。飲み屋とかに行ったり喫茶店に入ったりして話を聞いてたりします。

狩野 14時に駅に集まって思い思いのところを歩いて2時間後に再集合するんですよね。

山納 だから案内しない町歩きなんですね。再集合してひとり5分ずつ見てきたことを話します。そういうことをみんなが競ってやっている間に、そのまちのことがわかります。その作業はリサーチと言えばリサーチになると思います。

それをすると、このまちは何を求めているのか、ホントは何を求めてるのかがなんとなくわかってきます。そこから全てをはじめるんですね。

だから、コンテンツとして太極拳が先にある、太極拳を何とかするという考え方をしなくて、この街は太極拳かもしれないという順番で、whyとwhomがあって「これをやるのは誰なんだろう? 主催で本当にお金を払って、いつまでもこの事業を続けるのは誰なんだろう?」と考え、その次に太極拳だというものの考え方をしますということをまず、自分のやり方として言っておこうと思います。

地域のドラマを掘り起こす感覚という話で、 Walkin’ aboutという自由型まちあるき企画をやっている感覚にドラマにつなげて言いますと、僕は扇町ミュージアムスクエアで劇場の仕事をわりと長くしていました。

僕自身は脚本を書かないのですが、脚本家にこんな方向で、この人のドラマを書いてほしいと話してつくるということやったりします。ドラマを起こしてくる感覚というのはありますね。

地域で暮らしてる人がこれを大事にしてるとか、このことにすごくこだわってるとかっていうことは、なんとなく浮かび上がって見えてきます。

鉄道が整備されて、車が主流になって町の軸線が変わった状況で、昔の軸線のまま暮らしてる人がいたりするとかですね、ドラマはいくらかアイロニー(皮肉)の要素というのがあって、すごい幸せな人が最初から最後まで幸せな人のドラマって、ドラマにならないんですね。

だから主人公として動いていく人は何らかの逆境っていうものに出会うとか、苦悩するとか、挫折するとか、失敗するとか裏切られる状況を受けて、成長していくことはドラマの基本構造としてあります。

だから強すぎる人にあまり人は共感しないですけど、その地域で苦労しながらも前に進んでいくっていう人に自分を投影する、それなんなんだろうという感覚がこの地域のドラマを掘り起こすという感覚かもしれません。

最近、地場の野菜とか果物とかを使って加工品をつくるとか、それも物語を重ねますね。なんとかの農家のなんとかのおじいちゃんがこういうものをこんな風につくって、お酒をつくって、もっと多くの人に飲んでもらいたいというドラマが、多分地域おこしに関わる強い力を持つし、もしかしたらモノはこれからストーリーで売れるものになっているか、すでにそういうものになっているか、そのことを考えたときにストーリーを掘り起こす感覚がすごく大事になってくる。

やっていることは聞くことなんです。拝聴することです。先にこれをもってまちおこしをしようという予見を持たずに歩き、聞いて回ること。これでなんか答えになりましたでしょうか。

G すごくためになりました。

Talkin’ aboutで大事にしていること

狩野 主催者とお客さんにならない方法というテーマに関心がある方がいらっしゃいます。大阪ガスの新入社員で山納さんの後輩Yさんですね。すごい先輩の話をメモしておられる。常連さんとの付き合い方に関心をもっておられるんですね?

Y はい。本好きの方が集まって自分の本を紹介するということを、とある日替わり店長のお店でやっています。僕は一日店長として月一でやっているのですが、最初にお店の常連の方々がきてくださったんです。

で、いつのまにか、場を支配されるんです(笑) 本の紹介時間をひとり1分と決めているのですが、バランスがずれてきて、誰も制すことができず、いま困っています。

先ほどお話されたto whomの部分を曖昧にしてはじめてしまいます。会を重ねるたびに目的が変わり、最初は自分たちの知見を増やしたいだけだったのですが、今度は本に関するものをつくりたいとか、どんどん目的が変わっていってしまっていて、メンバーが増えれば増えるほど、そのすりあわせが難しくなってきています。

狩野 みんなが共有しやすい悩みですね。

山納 2000年からTalkin’ Aboutというサロンを開催しています。ある決められたテーマで、みんなでしゃべるのですが、もともと扇町ミュージアムスクエアという劇場ではじめたので、芝居を観たあとに芝居の話をしたり、映画を観たあとに映画の話をするということをやっていました。

10〜15人ぐらい集まるのですが、ファシリテートが必要になります。わかりやすく言うと、その場にくる人は3種類ぐらいいます。話したくて話ができる人と、話したいけれどよく話さない、話すタイミングをみている間にあまりかめないでいる人と、話しかけないで、聞きたいだけなんですという3種類のオーラを放ちはるので、話したくて話せる人はいいじゃないですか、話したいけどよく話さない人が満足するかどうかが、このサロンの成否を決めるんです。

話したいけれど話せない人に、どういうふうに水を向けると持っている何かを差し出してくれるのかな、ということをよく見るということをします。しゃべることができてよくしゃべる人はほっといてもしゃべる上、だいたい常連化するので、いくらか制限をします。

狩野 どんなふうに制限するんですか?

山納 「いつもしゃべっているでしょ」ということをします。最後の人は安全地帯にいてもいいでしょう。最後に「面白かったですか」と聞く配慮の仕方にわけていたりします。それでだいたいしのげます。

でも僕も本に書きましたが、そういう場をやっていたときに、すごいしゃべる、次の人が話し出してもその人にかぶせていく人がきて、赤ボールペンですごく自分の言いたいことをメモして、とにかくしゃべりたい人が来たことがあります。

24人も来られていたので、適当に遮りながらやっと2時間が終わると、そのおじいちゃんがつかつかとやってきて、「君はいったい僕の言いたいことをさっきからじゃましてどういう了見だ」と言われて、「うっさい帰れ」って言っちゃったんですね。

会場 爆笑。

山納 あんまり常連さんは違うと思うのですが、場のたいへんなところって、ほかで相手されない人が「ここならいれてくるかもしれない」という期待感をもって来ることがあります。それを受け入れる度量というのが場には必要だと思いますが、その人が増長したときに、どう対応するかは考えておく必要があると思います。

もうひとつのすごく大事なポイントとして、プロジェクトをすすめることと、場を開くということが相反することがあるんですね。

場が開いています、誰でも来てください、これだけ集まりました、いろんな人がいますね、おもしろいですね、でも次にこれだけおもしろい人がいるなら、こういうこともしましょうよ、という動きが、前向きな人であれば起きます。

自分たちでフリーペーパーをつくりましょうよ、とかブログを更新しよう、となったときに、新しく来た人に「それをイチから教えないといけないんですか」という空気を放ちはじめるんですね。

それがプロジェクトとして先に進んでいくものをやるのか、先に開かれた場として、プロジェクトの種を集める場なのか、ということをいくらか分けて意識しておいたほうが混乱が起きないような気がします。

ここはあくまでも開かれた場。前進している人は別の場所に集まる。ここは開かれた場であり、みんなフラットである意義を常連さんに伝えつつ、前進している人たちには「すごいと思います。もっといろんなことをやりましょう」という動きに分けたほうがしっくりくると思います。オープンとクローズってすごく大事です。

自分よりもやりたい人に出会う

狩野 Mさんはプロジェクトから手を離すという関心をもっておられます。

M ぜんぶ山納さんがやるのはたいへんだと思うので、プロジェクトから離れたときに、いなくてもできるようなコツというのがありますでしょうか。

山納 僕もそのことに関してはすべて成功しているわけではなく、高取山の輪投げとかはやめた途端、ぱしゃーんとなってしまいました。

そもそもプロジェクトを立ち上げるときに、僕よりもそれをやりたい人を見つけるということをよく言っています。だいたいプロジェクトをするときに観察する、傾聴するという話をしましたが、プロジェクトを起こす時に誰かの愚痴みたいなものを聞くんです。

「カフェをやりたいけれど何百万円もかかる」とか、「劇場はなくなってしまうから欲しいけれどでも、関西でお芝居を続けていても、いつまでも食えるわけではないからな」とか。

そういったジレンマに触れたときに、それを解決する方法があれば、その人はとっても喜ぶかもしれない。というところからプロジェクトをはじめているので、一緒になってそのパズルを解く感じです。

カフェをやるのがそんなに難しいのであれば、日替わり店主のカフェをつくったら何百万円もいらないし、仕事を辞めなくても自分のお店が週に一回とか月に一回とか持てるかもしれない。
そういうのをつくろうと言ってプロジェクトが立ち上がるんですね。コモンカフェもそうだし、六甲山カフェもそういう流れです。

だから、手離れするというんでしょうか。プロジェクトって、やりたい人とやれる人とやらなければいけない人が揃うと続くということを本にも書きました。

やりたい人は最初に愚痴っていた人、やる人は具現化能力がないといけないので、やらなければいけない人もこの物件をもっているからとか、行政にいてこの政策をやれと言われてるからとか、いろいろあると思うんですが、やりたい人、やらなければいけない人はどこなのかを探しますね。

コモンカフェの前身となったコモンバーシングルズというお店があります。もともと1999年に始まり閉まったお店を2001年から引き継いで2004年まで日替わりバーにして営業していました。

カウンターだけの12席のバーがここから歩いて15分ぐらいの大阪市北区の堂山町にありました。僕は3年半ほど関わりました。

メビック扇町の仕事を終えてから、コモンバーシングルズに寄って家に帰るという毎日を送っていたのですが、無理だったんですね。毎日終電でめっちゃしんどくて、これはやっぱり無理だと思いました。

もうコモンカフェの夜営業に集約するからと説得したのですが、10人ぐらいのメンバーがもうそこに完全に思い入れがあって、「毎年自分の誕生日はシングルズでマスターをやってるんです」「僕、今の彼女とはシングルズで知り合ったんです」というように、人生と重なっているんです。そんな10人が「シングルズを続けます」と言って、最初のメンバーが続けるんです。やがてそのメンバーたちもシングルズから離れるのですが、去年の12月から少し形態が変わったんですけど、今でもコモンバーシングルズはあります。これは典型的に手離れした例です。

高取山の茶屋の投輪という輪投げプロジェクトは、デザイン塾の塾生と一緒に出かけて行って、パンフレットを作って投輪大会をやって、テレビや新聞に取り上げられたのですが、茶屋にうまく渡せなかったです。渡すってたいへんですね。

でも自分がいちばんやりたい人になるのはいちばん危険ですね。トムソーヤのペンキ塗りという人のモチベーションをあげる話があります。自分がやりたくなかったペンキ塗りを、さも楽しそうに見せると、友だちがやりたくなって、ペンキを塗らせてあげるかわりに宝物をもらうのですが、ペンキを塗るように指示したおばさんに褒められたというエピソードがあります。

プロデュースってこういう要素があって、魔法みたいなもので、本当に魔法使いっていますね。僕は魔法使いではないですが、本当にやりたいのはそれですよね。でも、渡すとうまくいくときもあれば、うまくいかないこともあります。

狩野 なんと、もう前半の時間が終わりとなりました。後半に続きます!