Offshore主宰・山本佳奈子さんが日本から逃亡したい理由


6月26日に開催される「サロン文化大学の映画まつり」にゲスト出演していただく沖縄在住の山本佳奈子さんに、Googleハングアウトでお話させていただきました。映画「パーティー51」との接点をお伺いします。文中に山本さんが発言するウチという表現は、関西弁で言うところの、わたし(山本さん自身)のことです。

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山本佳奈子 1983年兵庫生まれ。初めての個人旅行は高校3年のときにひとりで訪れたジャマイカ首都キングストン。高校卒業後、音楽系専門学校に通い、バンド、DJ活動と並行してライブハウス・クラブなどで働く。23歳の頃に音楽にまつわる仕事、活動をすべてストップ。その後は秋冬のあいだは地元で働き、春夏の頃に海外や日本の地方を旅する生活を4年ほど続ける。2010年、キューバを旅行した際にwebDICEに寄稿した『キューバ紀行』連載で、ライターデビュー。2011年、震災の頃にはアジアを訪れており、アジア各都市に住む作家の柔軟性に魅了され、また、日本の情報鎖国状態に危機感を抱く。webDICE連載『アジアン・カルチャー探索ぶらり旅』の執筆が終了しても、今のアジアを伝えるwebの必要性を強く感じ、自ら『Offshore』を立ち上げる。お金を貯めてはLCCでアジアに出向き、独自の視点と切り口で記事を書く。また、イベント企画やコーディネイトの形でも、今のアジアを発信中。

ー山本さんが映画「パーティー51」に関わるきっかけはなんだったのでしょうか。

映画に登場するパク・ダハムというノイズ系のミュージシャンがいるのですが、彼が2014年12月にfacebookのメッセージで連絡をくれたんです。会ったことはないけれど、DOMMUNE(宇川直宏氏が主宰する、東京・渋谷のライブストリーミングチャンネル/スタジオ)の韓国インディー特集に出演していたり、日本にも知り合いの多い有名人なので彼のことは知っていました。

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パク・ダハム / 音楽家・オーガナイザー Helicopter Records代表。数々のソウルインディー音源をリリースしてきた。映画『パーティー51』のプロデュースも担当。映画の中でも描かれる通り、ジャンルの枠を越えてありとあらゆるソウル近辺で行なわれる音楽イベントをオーガナイズ。2013年には『DOMMUNE』にも出演した。ノイズミュージシャンとしても活動している。

メールは韓国のパーティー51という映画を日本で上映してくれるオーガナイザーさんを探していますという内容です。「ぶしつけなお願いではございますが」という表現が何度も出てきたのが印象的でした。

私は2012年ぐらいに香港のライブハウスのHidden Agenda(ヒドゥン・アジェンダ)という場所のドキュメンタリー映画を上映したことがあり、トークやバンドのツアーもプロモーションした経験があります。アジアのあれこれを紹介するOffshoreというサイトもやっているので連絡がきたのでしょう。

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アジアの表現にまつわるインタビュー、記事|Offshore

事前に英語字幕版の映画を見せてもらったのですが、英語字幕版で見ても面白かったんです。Offshoreをやっている理由にも通じるのですが、社会や政治のトピックも含んでいるのでこれは私のネタや!と思いました。日本人ってあまりにもアジアを知らなさすぎるなというのが一番の問題意識なんですよ。

ー山本さんは日本人があまりにもアジアを知らなさすぎると感じてwebサイトのOffshoreを運営されているのですね。どこにそれを感じるのでしょうか?

ふとしたときにですね。生まれたころから欧米のものが良いと刷り込まれている気がします。身近なところで言うと、なんで洋楽はこんなに知っているのにアジアの音楽をぜんぜん知らんの? と思うわけです。

Offshoreをはじめたきっかけになるのですが、2011年3月10日に上海に到着して、そこから3ヶ月ぐらいアジアを旅行していたんですよ。2009年頃からがつっと働いてがつっと休むを繰り返していました。下手したら半年ぐらい海外に逃げるというのが当時の私のマイブームだったんですよ。で、ほんまはメキシコに行きたかったんですよ。

ーメキシコってぜんぜんかすってもいないじゃないですか(笑)

お金がぜんぜんなくてアジア、特に中国やったら安いやろと思いまして。行き先をがっちり決めずに、まず上海に入ってそこから考えようという旅行をしたんです。日本にずっとおったら頭おかしくなりそうになる生活に慣れていたから。逃亡しないと生きられなくなっていたんですね。
アジアに行くならライブハウスやギャラリーに行くとか、映画を見るとか、自分が普段、大阪でやっている遊びをやろうと思ったんですよね。とりあえず行く前に調べてみたところ、どれだけ調べても日本語でほしいアジアの情報がまったく出てこなかったんです。2011年のことです。試しに英語で調べてみたら結構でてくるんですよ。欧米人の現地に住んでいる方がblogなどでレポートを書いてたりして、それを参考にしていました。

3月10日に上海に到着して、次の日の3月11日に日本で大地震が起こったんです。中国ってTwitterとかfacebookとか今もそうですが当時も見れなくて。ホステルに帰ったらみんな同じ画面をみているんですよ。すごい津波の映像が映し出されて、これ「日本やで。あなたの国、大丈夫?」と言われて。東北に知り合いも家族もいなくて帰る理由もないのですが、でも気になるからVPN(Virtual Private Network)というネット検閲をくぐる仕組みにつないでTwitterとか見ていました。

地震の情報よりもTwitter上での言論空間とか、これほど情報に弱い人が多いのかと思って、日本がもう終わる気がしました。大きい体制に対する今までの免疫力のなさみたいなのが露呈しているのを目の当たりにして「こわいこわい」と思ったりして。これは見たらあかんわと思って。でもちょいちょい見つつの旅でした。

やっと日本人が気づきはじめたんやなと思いました。この映画「パーティー51」の中の人たちもそうだけど、長いものに巻かれへんぞ的な精神があって、アクティビスト的な思想をもっていたし、今もそういうところはある。昔から私は国際ニュースとかめっちゃ見ていたんですよね。見ていたから余計なんか日本人が弱くて、島国で国際性もないし、外で起きていることも知らないし、やばいと思って。

旅行を続けていたら現地で友だちができていきました。特に香港で友だちができたんです。彼らとしゃべっていると自分らの社会とか政治とか身近にちゃんと自分の問題として捉えているし、彼らにとっての芸術や音楽など文化的な表現につながっているのがわかりました。

日本ではそういう気配が感じられなくて。映画「パーティー51」の中でも出てきますが、音楽をやっている人は音楽だけ。アーティストが社会と接する必要はない。そうともとれるような日本の文化とかアートのシーンが多いと思っています。

アジアと比べてその落差がはげしすぎる。また、香港、中国、タイ、台湾と人同士がつながっている。日本以外は人同士が数珠つなぎでつながっていたんですね。

社会と表現みたいなところをうまいことミックスさせている人の話とかアイデアとか考え方をもっと知りたいと思いました。そういう人たちがやっていることを日本で紹介してあげたいと思っていて、それがOffshoreのはじまりなんですね。

ーなるほど〜

うわ、ウチ、ちょっと比較的たっぷりしゃべっちゃった感ありますね。

ー気になるところがいっぱいあるんですが、なぜメキシコを目指したんですか?

私は2010年にキューバに行っているんですよ。キューバに行きたいと思ったのは、もうカストロが亡くなるんちゃうかなと思っていて。

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By Antônio Milena/ABr – Agência Brasil [1], CC BY 3.0 br, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=298583

フィデル・カストロ氏。まだ生きておられます…。

ーえげつない理由ですね…。

ニュースとか見ていて今のうちに行っておかないと、と思いまして。ウチ、結構ヒッピーっぽい友だちが何人かおったんです。30歳をこえるといなくなるんですが。ヒッピー系の人たちが、「キューバはすごい。有機農業をやっていて、医療費が無料で、学費も無料、国民幸福度が高いしすごい」と言っていて。ほんまかいなって思ったんですね。

キューバに行ったことがない人が、キューバを褒め称えているのがすごい気になって、これは自分で見なあかんと思ったんです。見るならカストロが死ぬ前に見とかなあかん。ちょうどその頃お金ががっつり貯まっていたんですよね。

キューバに行くときにちょうどUPLINKが運営しているウェブダイスというウェブマガジンがライターを募集している時期がありました。雑誌の廃刊が相次いでいる時期で、このままだと、もう若いライターが育たへん。それでライター経験がない人でも、ちゃんとギャラを払って連載を書いてもらいますよという募集をどーんと出しておられたんです。

それでキューバに行くために航空券も取得していた時期だったので旅行記を書きたいですと応募してみたんです。「ぜひ書いて」とお返事いただいて、キューバ紀行というタイトルで連載させてもらったんですよ。

途中、ビザの都合でどうしてもメキシコに出ないといけなくなりまして。カンクンという超リゾート地がいちばん近いから、そこに2泊だけ泊まって、またキューバに戻るということをやったんです。

キューバってほんまにモノがなくてスーパーマーケットに行っても同じ商品が並んでいるんです。地元の人が行く八百屋みたいなところには、すごい品数が限られているけれどある程度は野菜があります。パンはおいしくないし、牛乳もおいしくないし、つらかったです。トマトがかろうじて安くておいしいから、自分でトマトをトマトソースにしてパスタを茹でてトマトパスタを毎日食べていたんです。

そんな中でカンクンに行くと、モノだらけで。ウォルマート(大手スーパーマーケット)とかあるし、パンもめっちゃ種類があるし、シャンプー、リンス、なんでもあって、なんかパラダイスやなと思って。モノがあることで幸せを感じてしまう自分の感覚が相当ヤバいなと思いました。

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コンチータという固いジャムと、コッペパン

それでもメキシコって料理がおいしいし、普通にキューバと比較するのは置いといても、一回普通に行きたいなと思っていたんです。メキシコによく行っている人からすれば、あんなリゾート地に行っても…というところなんですよ。あんまりメキシコの地元感がないというか。メキシコに詳しい人にはエキサイティングしない場所らしくて。次はメキシコシティとか、別の都市をまわりたいな思ったんですね。というのがというのがメキシコに行きたかった理由です。

ーなるほどー。先ほどからチョイチョイおっしゃっている、逃亡するという発想が気になります。今の生活から逃げるって、何から逃げるの?と思いました。

あれですね、わたし結構日本嫌いなんですよ。

ーわはは。どういうことですか?

自分が自分を嫌いという発想に近いんですけど、細かいじゃないですか、日本って。丁寧やし。アジアの食堂に行くと、店員さんって笑ってないし、「いらっしゃいませ」とか言わないです。フォークをぽんと机の上に置かれて、頼んだやつがでてきて、ごゆっくりどうぞとかいっさい言わないです。食べ終わってお金を払って出るときにやっと笑顔ゼロで、ありがとう。それぐらいでええんちゃうかなと思っていてるんです。空腹を満たしたいだけなのに、同じ食堂でもサービスが過剰になってくる。日本って全体的にそういうのが多いと感じていて。

ウチは仕事めっちゃ変わっているんですよ。たいてい人付き合いでつらくなるんですね。上の人から怒られるとか、そういうのが普通の人より我慢できないんでしょうね。

ーずっとライブハウスで働いてはったと勝手に思っていました。

ぜんぜんです。10年以上前にやめて、そっから音楽にど直球に関わる仕事はしていないんです。ライブハウスを辞めてからちょうど10年経ちます。よく逃亡生活していたときは、絶対この世界に戻りたくないと思っていました。写真の現像屋さんでアルバイトしていました。写真屋さんって行事のある秋冬が繁忙期で、夏は閑散期なんです。それで半年働いて、半年逃亡してという生活をしていました。

ー逃亡生活のために国際ニュースをチョイチョイ見ておられたんですね。

ネットのニュースです。英国BBCや中東アルジャジーラ、ガーディアン、CNNとかを英語の勉強も兼ねて見ていました。国際ニュースになったとき、海外は嚙み砕き方がぜんぜん違うなと思って。
自分の知らないもんを見たいという気持ちが大きいと思います。アジアのことを今やっていても、誰かが取材していたら興味なくなるんですよ。基本的にも知らんもんを知りたい。

ー話が前後するのですが、ヒッピーの友だちが多かったのはなんでなんですか?

音楽系とヒッピーカルチャーは重なってくると思うんです。10年前にライブハウスで働いていたときは大阪でレゲエが流行っていた頃でした。ジャマイカで信仰している人がいる「ラスタファリズム」。自然回帰みたいな思想も音楽といっしょに流行ってくるんですよ。私はがっつりそっちには入らなくて。やっぱ肉食べたいし、コンビニに行きたいしと思っていて。

ーずっと冷静な目で世界を見ている感じがしますね。

冷静なふりして判断より決断が先に行くから失敗ばかりですね。

ーどういう流れでいま沖縄にいらっしゃるのですか?

たまたま仕事が見つかったから来ました。沖縄に住めるなんて、なかなかないなと思って来ました。当時は大阪で普通に飲食バイトをふたつかけもちしていました。

ーOffshoreの活動があったことで依頼がきたんですね。あ、その前にUPLINKの映画を借りて上映するイベントをやっていたからですかね?

UPLINKは配給会社であり、小さな映画館で、カフェも併設していてギャラリーも併設している、複合施設なんです。当時は東京にわざわざ2ヶ月に一回行ってイベントをやっていました。アジアの人を取材して記事を書いてだけじゃ見てもらえないので、宣伝の意味も込めてイベントをちゃんとしようと思って、UPLINKといっしょに企画から考えてやっていた感じです。

ー音楽のライブイベントですか?

いや、だいたいトークをやっていました。

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さっき言っていた香港の映画の上映もやっていて。どっちにしろお金がかかります。ゲスト呼んだらそこに謝金も払わないといけないから。だいたいとんとん。東京までの交通費分ぐらいだけペイできたらという感じでした。

ーすごい。その原動力はどこから来るんですか?

当時はアジアのことをやっている人いないから、ちゃんと伝染させていかないとという使命感があって。

ー伝染させていかないと、という感覚がえらいですね。

がんばると続かないって結果になるんですよ。Offshoreをはじめた2、3年ってがんばりまくってから。がんばっても続かない。がんばったぶんだけお金の対価がえられないのがつらくなります。今はがんばらずにいきたいです。

ーいまのサロン文化大学みたいな状態ですね。

続かないと意味がないからですね。お金になっていない以上、がんばったらあかんなと32歳になってわかりました。

ー急にパーティー51の話にもどすと、去年一年間いろいろやってみてどうでしたか?

面白いなと思ったのは、なんかすごい残念であり、興味深いことやなと思ったんですが、日本って韓国をめっちゃ好きな層がいてるんですよ。Kポップなり。そういう人たちがパーティー51を気になってくれて。韓国の映画とかドラマで似たような話がでてくるようで、韓国ドラマとかを見ている人ならやっぱりそうくるよなというのがあるらしいです。

韓国の文化とか社会に対して興味を持っている層はある。でもそれ以外ってぜんぜん興味を持たないんですよね。差が激しいというか、どれだけこういう映画ですよとプレゼンしても、韓国というワードが出た時点で興味を持ってくれないなどあって。

かといってそういう人たちは韓国が嫌いではないんです。ヘイトや嫌韓ではなく、単に興味がないんです。韓国に対して悪いイメージはない。ウチもメールが来るまで韓国に実際に行こうと思っていなかったし、アジアのことをやっているのに韓国の音楽も聞こうと思っていなかったです。その不思議な感じがあって、そこってどうやったら攻略できるかな、というのはずーと考えていました。

人と人とダイレクトにつながるとか、関わり合いができないと、みんななかなか興味をもちづらいのかなと思っています。韓国と言っているけどアジア全体がそうなのかも。中国もたぶんそうです。タイとか台湾とかだと、旅行で日本人に人気のある場所ってイメージがあるから結構すんなり届けられる気がします。

パーティー51も私が狙っていたのは、韓国好き層と音楽好き層が、ちゃんと両方来てくれたらいいなと思っていたんすよね。

ー僕も音楽をやっている人にきてほしいなと思っています。

日本のミュージシャンはOffshoreをやる話にもつながるけれど、ほんとにノンポリがめっちゃ多いと思うんですよ。あんまりこういう話に関わりたくない人ってすごく多い。隣の国のことがまったくリアルに感じられへんのだと思う。それは悲しいと思いました。いつでもあの映画になる要素が日本にもあると思っていて。そういうときにこの映画を見ていたら思うところあるんじゃないかな。

ウチ、韓国だけでなく、主に中華圏を見ているんですが、これほどノンポリな国は日本しかないですよ。なんかみんな意見をもっているし。

ーそれは教育のせいだと思いますね。

そういうことにしておきましょう。アートやと社会との関わりとか考えようとしていると思うけど、音楽は特に感じますね。

表現する方法として音楽を選んでいるのか、それとも売れるために音楽をやっているのか。日本のインディー音楽はセールスを気にしすぎて音楽家の自由な表現を受け入れられてないように感じますね。

ーなるほどなるほど。
これらの話の続きが気になる方は、ぜひ6/26のサロン文化大学の映画まつりにお越しください。
取材・文 / 狩野哲也(2016/05/11)