common cafe 10周年


2014年4月2日の日記より。

昨日、common cafe 10周年に参加して、思い出したことをつたない文章でまとめてみました。

【サロン文化大学は、僕がほしい未来をつくるための実験です】という長い話です。

小中高の頃、学校の授業を受けるのが苦痛で仕方ないような学生だったのですが、大学に入ってから講義を受けるのが少し楽しくなった時期がありました。大学では西洋史専攻だったのでその界隈を選択していたのですが、イスラム史の授業などは生徒が僕ひとりのときもあって、先生と関大前の定食屋、木琴鳥でご飯を食べながら話を聞いたりするのがおもしろかったです(今もあるんかな?)。

雑誌の編集者だった2004年頃、中崎町に引越をし、友だちの友だち(鈴鹿樹里ちゃん)が料理を出しているお店があるということで連れていってもらったのがcommon cafeでした。そこでオーナーの山納洋さんと出会い、当時、淀屋橋で働いておられた太田啓介さんとお昼の時間をあわせて3人でよくランチしていました。

前述の樹里ちゃんと京都で「石窯を使ったパンづくりのワークショップ」をはじめたのもあり、【あるテーマを通じて人と人とが出会う場をつくる】ことが楽しくなりました。それもあって、中崎町界隈では「働き方について考えるトークサロン」という、興味深い働き方をされている方をゲストに呼んで僕がお話を聞くという場をはじめたりしていました。

また、common cafeで山納さんを通じて知り合った吉永健一さんと山崎亮さんからお誘いいただき、おふたりが中心となってされていた「けんちくの手帖」というイベントの記録係などをさせてもらっていました。common cafeは、仕事場と自宅の往復だけのそれまでの僕の生活では味わえない場所でした(近所の兄さんたちが遊びを教えてくれた子どもの頃に似た体験です)。

そんなふうに山納さんの影響を受けてサロン的空間の面白さを体感していました。あるとき、山納さんがどこかの大学で授業をされることになって、その内容はもちろん興味深いのですが、寝てる学生もいますけどね、という話を聞き、え、めっちゃもったいない、というかその授業を聞きに行きたいなあと思いました。

とりあえず授業には出る。でも、その場で寝る学生がいる仕組みをつくっている大学って変な仕組みだなと思うようになりました。実際僕も関大のマスコミ学科(やったかな?)の授業でお話したとき、一番前の席の子が寝ててがっかりした思い出があります。

前述の山崎亮さんからオーストラリアに留学されたときの話を聞くと、一括で授業料を払うわけではなくて、授業ひとつひとつに値段がついていて、例えば建築の授業を受けるために学生はガソリンスタンドなどでバイトしてそのお金で授業を受けるから、学生も先生も真剣だった(だいぶ端折りました)という話を聞いたことがありました。そのほうがバランスがとれていて、どちらにとっても幸福な仕組みだと思いました。

だんだん大学で教えている方がまわりに増えてきたときに、授業を受けに行くのは現実的じゃないけれど、「働き方について考えるトークサロン」でやっているようにゲストに呼んで話を聞く場をつくったら無理しないでいいかも、というかそのほうが大学ぽいかもと思うようになりました。西洋史学専攻だったので偏った知識ですが、中世の大学はキャンパスをもたずにいろんな場所で授業が行われていたことを知っていました。その教える側と教わる側の関係のほうが大学の語源だったと思います。

教える側と教わる側の気持ちのよい関係をつくること、そういう考えが土台にある、ちいさな実験的サロンの場をつくったら面白いかも、と思ってつくったのがサロン文化大学です。

こういうのつくってみたら、面白いと思います?

これをcommon cafeで話したときに、まわりの方々のほうがテンション高くなっていくのをみて2009年ごろにサロン文化大学をはじめました。テンション高くなったメンバーの、よっちゃんやネリさんに料理教室をやってもらったりしました。そんなふうに大学で教えている方に限らず、まわりで僕が面白いと思う方をゲストスピーカーに呼んでいます。

それから結婚して中崎町を離れてしまったのでお店に行く機会は少なくなりましたが、大阪で面白いところない?と聞かれると必ずオススメする場所のひとつです。山納さんだけでなく、この場所で出会って、おもしろがってくれた方たちに感謝します。common cafe 10周年おめでとうございます。