地域の協力とその対価



撮影/西原嘉宣


最近、島の写真を掲載したいので提供して欲しいという話が何件か舞い込む。サイトに掲載している写真を見ての問い合わせなので、嬉しいような、地域の宣伝になるなぁとか、どうせタダなんだろうなぁとかが、3対6対1くらいの割合の気分になる。

大抵、快諾するのだけれど、最近1つだけ注文をつけるようになった。「可能なら写真の撮影者の名前を入れて欲しい」ということだ。「地域地域というなら、地域の人と一緒に作りましたの方がバリューあるんじゃないですか?」くらい言うこともある。

自分は、いくつかの写真を島の人から買っている。長年、趣味で島の写真を撮り続けた人たちからだ。「人たち」といっても、非常に少数ですが。

自分や家族が撮る写真の傾向にも偏りがあるし、変化が少ない。他者の写真を買い取って、サイトに掲載したり、チラシを作ったり、企画書を書くときの資料にしている。

そういう人は、役所の観光パンフレットや展示されているポスターに使われたりしているが、今まで利用に関して許可を聞かれたり、掲載時に名前を出してもらったことがないと聞いた。そして、それが少し不満でもあると言っていた。なるほど。やったことに対して何のフィードバックもないのは、確かにツライかもしれん。

そんなわけで、できるだけ自分たち参加したことや、撮った写真がどんな媒体に使われたか、名前は出ているか、報酬はあるのかなど、できるだけフィードバックしたいのだ。でも、いちいち写真に名前が入ってるのは誌面構成上、確かにうざいかもしれんと今回思ったので、なにか別の方法を考えた方がいいのかも。何かいい方法はないものか。

「地域活性化」と言っても様々な方法がある。自分はその一つに「学習性無力感」からの解放があると考えている。

島で生活していて、ネガティブな要素は山ほどある。世代にもよるが、若い世代にとっては平たく言えば「名もお金も手に入らない状況」がデカイ。レインボーマンのエンディングテーマみたいだけど。引退した船乗りの年金よりも、たくさんのお金を稼ぐのはなかなか大変だ。

『でも、それは、日本全国そうですから。「親より稼げないかも」というのは、下手すると、先進国共通の悩みと言ってもいいくらい。つまんないこと気にして、卑屈になる必要はない。そんなこと気にしてないで、できることをすればいい』

そういった、できることもできない、やらない状態からの脱出。それが学習性無力感からの解放だ。「相対化」「現状認識」「正しい努力」「フィードバック」の4点くらいが必要なのだろうか。そんなことを考えながら、自分にできる地域の人へのフィードバックを黙々とやっていくのだ。

書き手:

天野直 瀬戸内海の白石島(人口六百数十人の逆境集落)で仕事してます。 主に桟橋を管理しながら生きています。最近は野菜の仲買なども。

Twitter: sunamn
web:白石島廻漕店